はじめまして。一般社団法人 国際侍協会の代表をしております海老澤 藍と申します。
一般社団法人国際侍協会設立し、女性である私がどうして侍を海外に広めようとしたのかよく尋ねられます。
その経緯や思いを知っていただければと思い書かせていただきました。
長くなってしまいましたが読んでいただけたら幸いです。

 

― 薙刀の出会いと別れ ―

旗揚げのきっかけとなったのは、経験と出会いによるものでした。

私が生まれた家は、代々武道を嗜むことを家訓としており、父は薙刀の先生、祖母は茶道の先生だったことから、
幼少より薙刀と茶道を習っていました。
日本の伝統文化を嗜むことは、将来のお前に役に立つと言われ、その言葉は今でも心に残っています。
幼少期は内気で、人見知りが激しい性格でしたが、不思議と薙刀に惹かれていきました。
「自身の限界を超えることができるようになる」という経験を体で感じ取ることができ、
また、弱い非力である自分が薙刀を持つことで、強くなっていけるように思えたからです。

中学高校では部活も薙刀部に所属し、その他に別の道場でも稽古をし、あの6年間は薙刀ばかり
していたように思います。
ですが、だんだんと私の中で勝つための稽古に変わってしまい余裕がなくなり、卒業と同時に辞めてしまいました。

それから社会人になり仕事をしながら日々を過ごすごく普通の生活を送っていました。
ただ「薙刀」という言葉を耳にするたびに辞めたのだという寂しさを感じていました。
それは、社会に出てから薙刀を経験したおかげで、困難を乗り越えられたと感じた瞬間が多かったからです。


 

― 古流薙刀術一心流との出会い ―

それから数年たち、再び薙刀に呼び戻される機会がありました。
お一人で古流薙刀術一心流を教えていらっしゃる先生から、父を通して継承者を探しているので、私に一度
見に来てはというお誘いがあったのです。
この時、頭の中に残っていた、日本の伝統文化を続ける嬉しさ思い出しました。
それが、私の国際侍協会の礎となる出会いでした。

薙刀は様々な流派があり、その源流は古く平安時代にまで遡ります。
幾多の時代の変遷と、当時の武士達に練られた伝承が、一つ一つの流派に受け継がれています。
一心流の場合は無名であり、その発祥も謎が多く残された、現代の流派には珍しい男薙刀としての術でした。
伝承者が少なく、現在では国内においても教えられる先生は片手で足りる人数しかおらず、先生方も一様に
ご高齢で、教えるには時間の限りを数える必要のある現状です。
その事から、先生から声を掛けていただきました。
この目の前で『途絶えてしまう』という焦りの感覚が、国際侍協会の発足の切っ掛けでした。


 

― 人気のない武道 ―

中高と薙刀部に所属し、また社会人になり一心流を始めて感じたことは「武道は人気がない」でした。
今でこそ、徐々にその良さが再認識され、巷の道場でも生徒が少しずつですが増えているようです。
しかし以前として、存続の厳しさの話はよくあり、継承者の居ないマイナーな流派が途絶えたというのは
当たり前のように今起こっています。
その中で取り分け熱心な生徒になっているのが、海外からの外国人生徒です。
父は先生をしていますが、交流のある生徒の半数以上が外国人です。

なぜか?
それは、日本人が持っている武道に対するイメージとは別の良さに気づいているからなのではと
思うようになりました。

武道には様々な種目がありますが、それぞれが技術だけではなく、日々のライフスタイルに活かせる
智慧や生き方のヒントが凝縮されています。
私自身も、そのお陰で「乗り越える」という経験を得られました。
これをもっと具体的に海外へ発信することで、海外の人達に興味を持ってもらい、その注目度を
日本人に気づいてもらうことで国内活性できないか?と思ったのです。


 

― 甲冑師との出会い ―

そんなある日、あるテレビ番組を見ていました。甲冑師という戦の無い現代で鎧を造っている
伝統工芸師の話でした。

甲冑の場合、工程の複雑さ装飾の細かさから一領完成させるのに4~6年かかります。
当時の甲冑師達が手分けして製造していたものを、現代では一人で全てを行うからです。
すべて、時代ごとの甲冑の形状を理解し、当時と寸分違わない甲冑を復元させるには、それにかかる
知識や高価な原材料が必要です。
それを、甲冑師の方々は誰の援助も借りずに、一人で黙々と造り上げています。
鉄と漆と紐と革を組み、金で施す作業は、あまりに時間がかかり、また難しさから後継者が不足しています。
決して利益追求では続かない世界でした。

この事をTV番組で見たときに、私の中にあった『途絶える』という思いを更に強くさせると同時に
会ってお話を聞きたいと思い、その理由だけでアポイントを取り、会っていただけることになりました。

先生は、見ず知らずの私に真摯に甲冑の素晴らしさや、残したい思いを話していただけました。
なぜそうまでして、甲冑を作り続けるのか。
それはただただ甲冑が好きだから。
「好きだから造る」
これは、どの工芸師に聞いても同じ理由が返ってきます。
漆に被れようが、裕福な生活ができなかろうが、好きだという純粋な思いから、皆さん造られています。
しかし、武道同様にここでも、先生方はご高齢で、後継者が少ないのが現状でした。

そして、何とか残せる方法は無いだろうか?と三浦先生に相談され『侍文化を海外に発信する』という
発想が国際侍協会の旗揚げとなりました。


 

― 守・破・離を海外へ ―

武道の教えに「守(しゅ)破(は)離(り)」という教えがあります。
教えを守り、他を知り、新しきを生むということです。
これは、日本の伝統文化にも当てはまります。その伝統を守りその継承から敢えて挑戦し、
新しい道を生み出すということだと思っています。

普段、私たちがよく目にする東京タワーがあります。
都会のシンボルとして今も人気ですが、あの建造手法にリベティング工法が採用されています。
鉄と鉄を鋲でつなぎ合わせることで、衝撃から守る工法ですが、この技術は日本の鎧兜からきています。
私たちの生活は、太古の日本人が生み出した技術が守破離によって紡がれています。

それが可能なのは、幾多の継承者達が時代と時代を繋いでいたからです。
この素晴らしさと重要さは、海外にも伝わり称賛されています。

魂と技術が一体となった伝統工芸・武芸は海外の人たちにとって、自国には無い魅力として写っています。
その需要は日本より強いといえ、昨今では海外に武道教室や、コレクターが多く存在しています。

国際侍協会では、侍という人物を通し工芸・武芸・智慧を海外に積極的に展開し、その基盤を実績として、
各伝統継承者の方々の発展寄与になる橋渡しとして活動していきます。

日本人が気づいていない、日本の魅力を世界の人たちは気づいています。
そして、それを心待ちにしています。
日本から海外へ。
海外から日本へ。
出会った人との約束と守破離の教えを心にとどめ、日本の侍文化が盛り上がるように努め、
日本の皆さんに「侍は楽しい」と身近に感じてもらえるように頑張って参ります。


一般社団法人国際侍協会 海老澤 藍

 

 

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